人の心や哀しみが分からず、傷つけてしまう煩悩。生きものに危害をあたえてしまう煩悩。

 恩楽寺には樹齢400年くらいの大きな銀杏の木がある。毎年秋になるとギンナンの実を沢山落としてくれる。寺族総出で、くさい果肉を剥いて洗って実を干して、小分けにして月参りをしているご門徒宅へ配っている。それでもまだ余る年はお寺に参られた方にも差し上げたりしている。

 ある時、当院の納骨堂を見学に来られた方にギンナンを差し上げた。しばらくしてその方から電話があった。

「もらったギンナンを食べたせいで中毒になり、大切な仕事がふいになった。損した分お金をよこせ、でないと不誠実な対応をされた、とても悪いお寺だと言いふらすぞ」

 などという、ほとんど脅迫だった。私たち寺族はとても悲しい思いをしながら総代たちといっしょに対応した。

 論点になったのが、その方のギンナン中毒の診断書がないという点で、結局お寺側は相手にしないということになった。総代がそのように相手に告げて対応すると、それ以降プッツリなんの音沙汰もなくなった。

 

「相手が悲しんでも、自分さえ良ければいい。自分の得のために相手を傷つけても平気だ。そんな風に思う連中が増えておるのは悲しい現実ですね」

 と総代は慰めてくれた。

 

 「自分さえ良ければいい、自分の得のためならば相手を傷つけても平気だ、相手の気持ちなんて知ったことか」という【害】の煩悩は、実は全ての人間に備わっている。条件が揃ってしまうとこのように発現する。

 拙僧にも【害】はしっかりはたらいていた。害意を向けられ私も堅くなった。敵対というか、対決姿勢というか、敵愾心というか、「みんなのお寺を守らなければ」と思って身構えていた。そういう立場で「ウチの方は悪くなく、相手が非常識だ」と考えて、その人を人として見ていなかった。

 

 今更ながら、その方は何らかの悲鳴をあげていたのだろうと、思っている。

 生活が苦しいのか、お金に困っていたのか。もしかしたら、助けて欲しい、施しが欲しいという気持ちを、素直に言えない性格になってしまっていたのかもしれない。あるいは、自分は人を傷つけても平気なんだぞ、と表現することが既に何らかのサインで、悲鳴なのかもしれない。その方の人生に光はあったのだろうか。闇にとらわれて仏の教えに遇うことのない生涯だったのではないだろうか。

 拙僧は我が身が可愛い故に、我が寺に損がないようにと意固地になって、その方の悲鳴に相対する覚悟がなかった上、相手を非常識だと貶めて切り捨てていた。叫びに対して向き合おうとせず、突き放した対応を平気でしてしまう、【害】が私にも備わっていた。

 

 自分が苦境にあるのは、自分に問題があるのではなく、外に原因がある、自分は被害者だ、と思い込んで自己を見つめることをしないという業が人には備わっている。自分は正しいと思い込んでいるのだから、自分一人ではまったく気づけない。他からのはたらきかけが必要なのだ。仏教の開祖釈尊は古代よりその点を補うために、習慣(シーラ:戒)を大切にするよう弟子たちに指導された。すなわち、仏事を行い説教を聞いて、自分を見つめなおす時間だ。

 その習慣は聞法という形で現代でもしっかり守られてきた。ただ、多くの人が法を聞く機会を失っているのは、当院総代が嘆いた通りだ。

 

 僧侶も門徒も、仏事を軽視せずにこんな時代だからこそ、しっかり法事を行って仏法に向き合う時間を大切にしていかねばならない。仏法に向き合うとはすなわち、自己と向き合うことなのである。

※筆者について以外の各エピソードは個人を特定できないように、内容を変更しています。