うそ・いつわりを正しいと主張する煩悩。我欲を満たすために他者を誑かす煩悩。
ある時、月参り先の奥さんがいつものように丁寧に応対してくださり、いつものように拙僧にお茶とお茶菓子を出してくださった。
その日の菓子皿にのったそれは、透明な羊羹のような砂糖菓子のような珍しいお菓子だったので、なんだろうとウキウキしながら寺でさっそく頂こうとしたところ、なんと風変わりな石けんだった。ははぁ、奥さんお菓子と間違えてお出しくださったかしらん、と勝手に合点してわたくしは、事務所側の洗面所(家族全員が帰宅すると先ず使う)に置いて、二三日使った。
コロナ禍にて事務所でテレワークすることが増えた。お坊さんが何をテレワークするのかというと、宗派の教化事業の会議などが意外に思うかもしれないが結構頻繁にある。家族が出入りしたり行き来するので騒々しいなぁと思いながらも、設備が事務所にしかなかったので、そこでテレワークをしている。
するとテレワーク会議中に、事務所側の洗面所で娘(小1)が目ざとくその透明の石けんを発見して騒ぎ出し、そしてわたくしの母に「おばあちゃん、こんなん落ちてた!」と言った。
解説すると、娘は珍しい見たことのないモノを発見した気持ちを、小1で語彙が少ないため「落ちてた」と表現したのだ。わたくしは親なのでカンが働いてすぐ分かるが、私の母はそうではなかった。
私の母「あらまぁ不思議な石ね、どこに落ちてたの?」
我が娘「……(無言)」※話が噛み合わないので説明ができない
私の母「こういう光るものをカラスは集めるのよ。さっき境内にカラスが来ていたから、落としていったのかも」
我が娘「????」※話が噛み合わないので説明ができない
どんどんおかしくなっていく話をテレワークをしながら聞いていると、
私の母「大信ちょっと見てみ。カラスがこんな不思議な石を落としていったんやて」
と、とうとう事務所の戸を開けて会議中の私に話しかけてきた。
私「ちがう、それは石けんだ」
母「カラスが石けん持ってきたん?」
私「ちがうちがう、私が洗面所に置いたんや」
母「ちゃうで、あの子が見つけやったんやで」
私「ちがうちがうちがう、私が○○さんからもらってきたんや!」
母「なんで○○さんはカラスの置いていった石けんをくれたんよ」
私「もーー!ちがうちがうちがう!! 2、3日前から私がそこで使ってたんや。気づかんかった?」
母「こんなん見たことない。なんでそんなウソいうの!」
会議参加者「「お~い、乙部~(^^;)」」
子どものウソ?には邪気がないので困惑させられる。その時の娘はまだ幼いため表現力が乏しく、気持ちに近い言葉を選んで無自覚のウソをつく傾向があった。
◇
対して大人のつくウソ、特に煩悩【妄語】に類するウソは、私欲、我利のためにつくウソであり、我欲を満たすためのものなので用意周到で狡猾である。そして騙された人はとても傷つくことになるのに、騙す側はむしろそれを悦ぶ【畜生】である。
拙僧が尊敬する大先輩の僧侶が近所にいた。
師は癌の闘病をしながら命ギリギリまで門徒に仏法をお手次ぎし続けた。
特に一軒一軒の月参りと「お寺の掲示板」を大切にしていた。
「癌になって分かったことがある」
ニコニコしながら、若い時の私に、門徒と深く関わり仏法をお手次ぎすることがとても愉快であるとひそかに教えてくれたことがあった。
師には息子さんがおり、私にとっても仲の良い後輩でもある。この男もまた父親に習って仏法護持相続に篤い心のやさしい青年である。
以下は息子氏から聞いた話である。
──父と懇意にしていたある80代の女性がいた。その女性には子どもがなく、夫亡き後1人で細々と生きていた。そんな女性に対して師はことさら優しかった。2人は長年お内仏の前で正信偈を共に読んできた。
そして、何かの機会で師もまた癌を患い残り時間が少なくなってきたことを女性は知った。
「亡き人とあなたに導かれ、浄土へ参る安心した毎日を送ることができた。そんなあなたが癌だなんて……。この何の役にも立たないくそババのいのちであれば差し上げるのに」
とおいおい泣いた。
「自分を役に立たたないなんて言わないで。僕はこれで丁度いいんです。仏さまが分かっています」
師の導きに人生の本当の意味を見いだしていた女性は、子どもがいないので自分の死後はお寺に財産を寄進したいと申し出られた。遺言状手続きの対応したのが師の息子氏とその寺の司法書士だった。
「若さま、なにとぞ仏法を、お寺を」
それから数年後、師は往生した。拙僧がその葬儀の座配をし、拙僧の父が導師を務めた。息子氏は立派に喪主を務めた。
──亡き師の一周忌法要の後、師を偲んで拙と息子氏は夜遅くまで酒を飲んでいた。
息「──先輩、聞いて欲しいことがあるんです。かくかくしかじかのおばあさんがいまして」
拙「ほうほう、さすがあなたの父上やね。死ぬる直前まで仏法のお手次ぎされてたんやね」
息「それで、そのおばあさんも亡くなっていたことが最近分かったんです」
拙「え、お葬式は? 君のお寺でやらなかったの? どこか違うお寺が務めたの?」
息「わかりません。おばあさんの甥御さんが喪主を務めて、その方からは直接うちの寺にはなんの知らせもない上、先日ナントカ遺産相続事務所を通じてこんな手紙が来ました」
──その文面は要約すると、亡くなる直前に作成した新しい遺言状があるので、お寺への寄進の約束は無効である、という内容だった。
拙「なんと……」
息「ウチの司法書士も教えてくれました。遺言状は新しい方に効力があるので、もし仮に訴訟しても勝ち目は低いそうです。そん
な気は毛頭ありませんが」
拙「なぜ、女性はサインしたのだろう」
息「この書面に、亡くなった後は仏事や墓をその甥一族が相続する、と書いてあるでしょう。──たしか、おばあさんが入院して僕がお見舞いに行った時、『甥夫婦がよくしてくれる』ととても嬉しそうに言っていました。きっと臨終直前まで優しくしてもらえたのでしょう。だからサインしてしまったのではないでしょうかねぇ……」
拙「その女性は、亡き師への寄進申し出を、お寺になんの相談もなく取り下げるような人には思えないが」
息「僕もよく知っている人なのでそう思いますが、今となってはもう何も分かりません」
拙「仏事を相続するというのであれば、その家と長年の付き合いがあった手次寺で葬儀や法事をするのが筋だろうに……」
息「それでね、せめてと思ってお墓参りしようとしたら、その家のお墓は数日前に片付けられていて、女性が住んでいた家は取り壊しが始まっていたんですよ。──父と女性が拝んできたあのお内仏はどうしたのだろう。自分じゃなくてもいいから、ちゃんと誰か御移徙法要(お性根抜きの法要)してくれたのでしょうか」
拙「その家の仏事を相続するというのはウソだったのだろか。遺産に目がくらんで、ウソの優しさで女性に接したのだろうか」
息「会ったことがないので、その甥御さんがどんな人なのか分かりませんが……」
息「お寺への寄進はあれば本当に助かります。でもそのことよりも、親父とおばあさんの守ってきたモノが穢された気がして、先輩、なんか悔しいです……」
先師が、身体がボロボロになっても法悦しながら、いのちの限り仏法をご門徒にお届けし続けてきたことは我々が知っている。何も穢されてなど決してない。
ウソ【妄語】はつく相手がいることを肝に銘じるべきだ。
ウソは事実を否定して虚偽を事実とするため、ウソをつかれた方は傷つくことになる。
国家が国民の思想操作のためにつくウソほど恐ろしいことはない。その【妄語】は国民のためではなく、為政者のためのウソだ。
詐欺師は相手が騙されて傷つくことをむしろ悦ぶ畜生である。人間の生き方ではない。
そして私たちの身辺にも、わたくし自身こそに【妄語】がある。よって釈尊は弟子に【不妄語戒】を厳しく定めた。(【五戒】【十戒】【十悪】)
ウソをついて相手を騙し傷つけ我欲を満すこと、我欲をおさえ友好を守ること、どちらを選ぶ?
※筆者について以外の各エピソードは個人を特定できないように、内容を変更しています。