一切善悪凡夫人

聞信如来弘誓願

仏言広大勝解者

是人名分陀利華

一切善悪の凡夫人、如来の弘誓願を聞信すれば、仏、広大勝解の者と言えり。この人を分陀利華と名づく。

現代語訳

善人も悪人も、どのような凡夫であっても、

阿弥陀如来が、どのような凡夫でも浄土に往生させるという大いなる誓いを立てていることを、聞いて信心が起これば、

仏はこの人を何よりもすぐれた智慧を得たものであるとたたえ、

泥沼より生まれる、汚れのない白い蓮の花のような人とおほめになる。


正信偈大意(蓮如上人)

 一切の善人も悪人も、 如来の本願を聞信すれば、 釈尊はこの人を 「広大勝解のひと」(如来会・下) なりといひ、また「分陀利華」(観経) にたとへ、あるいは「上上人」(散善義) なりとも、「希有人」(同) なりともほめたまへり。

 上の画像のような、テレビCM、電車内の広告やインターネット通販サイトなどで、「お客さま満足度第1位」などといった釣り文句が溢れていた時期がありましたね。実は、あの「第1位」の調査結果は、意図的に操作して作り出されていたものでした。そういったウラ事情が消費者にも知れ渡るようになってきましたが、まだまだ「第1位」は見かけます。

 望みの調査結果を出してもらうことは簡単だそうです。調査会社はインターネットでアンケートを行い、もし狙い通りにならなければ、他の人気商品を選択肢から外して再アンケートを繰り返す。あるいは回答者の年齢や地域、調査期間などを区切って、1位になる枠を見つけ出す。もっと安易に質問事項を多くしておけば、何らかの項目で1位になる、というカラクリでした。

 「ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なオンリーワン」というSMAPの歌は、今もよく歌われますね。拙僧の娘が幼稚園の時、お遊戯で何度も聞きました。「阿弥陀仏の御もとにて咲く蓮は、青い花は青い光、黄色い花は黄色い光、それぞれ光を放っている」という『仏説阿弥陀経』の教えに通じるので、寺の催し物や法話でもよく使われています。蓮は汚泥の中から芽を出して咲きます。お釈迦様は娑婆世界を汚泥に喩えて、「仏の教えに目覚めた者は、汚泥より生じた蓮の花のようである」と褒めた称えておられます。親鸞聖人も仏法を聞くようになった人を、「分陀利華(白い稀な蓮華)」と称えておられます。どのような人でも、阿弥陀如来の本願を心から聞信する時、如来より浄土往生を願われた身であると目覚めるのです。その自覚が私たちの人生を深く意義あるものへとお育てくださいます。

 アンケート結果を操作し誤解を招く誇大広告は許しがたいですが、見方を変えればあらゆる存在が1位だという事実を示しています。いのちには個性があり、どの存在も尊いという釈尊の教えが、皮肉なことに、先のランキング順位付けから浮かび上がった格好です。

 我が身を振り返えりましても、とかく誰かと比較してしまいます。学歴や身体能力など限られた物差しで序列をつけてしまいがちですが、誰もがそもそもナンバーワン・オンリーワンであることを、心に留めるようにしていきたいものです。

 

 一切善悪の凡夫人、如来の弘誓願を聞信すれば、仏、広大勝解の者と言えり。この人を分陀利華と名づく、と。           文:釋大信